あいみょんの曲はなぜどこかで聞いたことがあるのか

存在しないノスタルジー

 あいみょんの曲を聞いていて不思議に思うことがある。

 例えば、「ハルノヒ」という歌

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 私はこれを聞いていると「この曲はこれまでに無かったんだな」という思いが湧く。

マリーゴールド」などの他の曲でも同じだ。

 凡庸に言い換えると、生まれてからどこかで聞いたことがあるような気がしてくる。

 もちろん、この曲は彼女が作成したものであり、これまで存在していないはずの曲だ。

 ノスタルジーは、懐かしさは、経験の中にしか生起しない。このような気持ちはどこから湧き上がるのだろう?

 

あいみょんは平成の総括

 私の友人の言葉を借りると、あいみょんというのは平成という時代の「総括」なのだという。

 平成を彩った曲たちをJoisoundの平成カラオケ年表で簡単に振り返ってみる。

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平成初期1992~1995年

 平成初期の1992年代、日本はバブル崩壊後の未曾有の不景気だった。そして伝説的なバンド、Judy and Maryの解散直後でもある。このとき流行っていたのは中村美穂&WANDSの「世界中の誰よりきっと」やT-BOLONの「Bye For Now」、Mr.Childrenの「innocent world」である。

 「世界中の誰よりきっと」は男女の混声が特徴的な楽曲である。基本ややスローテンポで、メロディを牽引しているのはピアノだが、ギターの音色もしっかり主張している。バンドブームの片鱗も感じることができる一曲である。

 「Bye For Now」はキレのある高音と情熱的なソロが特徴的なバラードだ。GLAYの「However」などは、この曲の影響を強く感じることができる。現代日本のROCKにおけるバラードの中心的な流れを作った曲と言えるのではないだろうか。

 そしてMr.Childrenの「innocent world」も外せない。言わずとしれたミスチルの名曲である。ピアノを中心に展開されるミドルテンポのしっとりとしたに乗せた力強い歌詞は、不景気のどん底にあった日本社会に響いたのかもしれない。

 この3つの曲に共通するのは、曲名がそのまま曲中の特徴的なメロディとして登場する点である。平成初期の曲は曲名をそのまま歌うことが多いようだ。

 

平成初期1995~2000年

 ガラケーが定着し始めた時代、華原朋美の「I'm proud」、スピッツの「チェリー」、Every Little Thingの「Time goes by」、宇多田ヒカルの「Automatic」なんかが流行っていた。

 この辺りもスピードがある曲というよりもミドルテンポやバラードが多い。「I'm proud」や「Time goes by」は1980年代から続く邦楽の流れを汲んでいるように感じるが、「Automatic」や「チェリー」に関しては現代的な雰囲気を感じ取ることができる。

平成中期2000年~2005年

 スマホが出始め、地上デジタル放送が始まった時代の転換期である。その一方で、非正規雇用の増大や経済の不安定感が高まり、社会学者が言う「社会の紐帯」が断絶し、分断社会が形成され始めた時代でもある。

 サザンオールスターズの「TUNAMI」、ポルノグラフィティや「アゲハ蝶」や「サウタージ」、MONGOL800の「小さな恋のうた」や「あなたに」、大塚愛の「さくらんぼ」、SMAPの「世界に一つだけの花」、オレンジレンジの「花」、一青窈の「ハナミズキ」などの曲が流行った。

 この辺りからギター・ボーカル・ドラム・ベース編成の所謂「バンド・ミュージック」が音楽シーンに台頭し始めた。その一方で、前世代の残香を感じさせるシンセやピアノを多用したアイドル曲の人気も健全である。社会が分散化するにつれて、音楽のジャンルも大幅に多様化した。メジャー音楽は世間一般ーオタク層ーロック層といったよう具合に、各ドメインは独立な市場を形成し、「多様化の時代」に進んでいく。

平成中期2005年~2010年

 新たなテクノロジーが社会に浸透し、旧来の価値観が本格的に崩れだす時代である。インターネットが普及することで、それまで社会に片隅に追いやられていたいわゆる「陰キャ」と呼ばれる人々が、「2ちゃんねる」などを中心としてネット上でのプレゼンスを高めていく。それと同時に、Twitterを始めとする匿名のSNSも誕生し、匿名の一般市民がインターネット上で交流を始める。

 この時代に流行ったのは、レミオロメンの「粉雪」、湘南乃風の「純恋歌」、エグザエルの「Lovers Again」、GReeeeNの「キセキ」、高橋陽子の「残酷な天使のテーゼ」、そして2010年の9位ではあるが、supercellの「メルト」もランク入りした。

 この曲目からも分かる通り、バンド・ミュージックからラップ、ダンスミュージック、ボーカロイド、アニソンまで、音楽のジャンルが明らかに増大した。これまでは表に大々的に出ることのなかったジャンルが、一気に花開いた時代だ。

 代表的なボーカロイドである「初音ミク」のプロジェクトは2007年から始動しており、黎明期の楽曲ksの「Packaged」などは、主にニコニコ動画で人気を博した。ボーカロイドの主戦場はCDでのメジャーデビューではなく、ニコニコ動画YouTubeといったプラットフォームである。この頃に小・中学生だった子どもたちと、それ以前の世代の人では、「音楽の価値」に対する認識も変わり始める。CDとして、実態のあるモノとして音楽を捉える人々と、音楽には実態はなく、動画サイトで無料で手に入れるものだと考える層で、「音楽の価値観」に関する断絶も深まっていく。

 また、大人が視聴する対象としての「アニメ」が、インターネットを通して社会で受け入れ始めたこの時期に、アニソンがランク入りすることも象徴的な出来事ではないだろうか。

平成後期2010年~2015年

 スマホが世の中に出始め、SNSが急速に普及し、インターネットは一部のオタクのものではなく、誰もが使うツールとなった。様々な意見・思想・イデオロギーがインターネット上で繋がる中で、音楽はさらに多様化していく。

 この時に流行ったのはAKB48の「ヘビーローテション」、少女時代の「Gee」や同じく韓流のKARA「ミスター」も流行した。他にも、ゴールデンボンバーの「女々しくて」、初音ミクの「千本桜」、松たか子の「Let it go~ありのままで~」、秦基博の「ひまわりの約束」、SEKAI NO OWARIの「RPG」・「Dragon Night」などが流行った。また、きゃりーぱみゅぱみゅもこの頃に流行りだし、「にんじゃりばんばん」などがヒットしている。

 バンド・ミュージックとしては、ONEOKROCKやUnison square garden、Backnumberなどが流行った。他にも椎名林檎RADWIMPSBUMP OF CHICKENなどが挙げられるが、これらのバンドはオリコンやカラオケのランキングで上位には来ていないようだ。

 このことからも分かる通り、世間の趨勢はダンスミュージックや、大人数のアイドルグループの曲にあることが分かる。その一方で、バンド・ミュージックやボーカロイド、アニソンは社会の趨勢にはならないものの、SNSや各種動画サイトの中で強力なコミュニティを形成し、根強いファンとなった。

 このような背景から、音楽における社会の分断はこの頃が最盛期と考えられる。ダンスミュージックやアイドルの音楽を好む、ライトユーザー層と、バンド・ミュージックやボーカロイド、アニソンを支える音楽のヘビーユーザー層がきっぱりと別れ、ネット上とリアルはかつて無いほどに分断される。

 お互いは交じること無く、お互いの領域で好みの音楽を聞く状態となり、「ヒット曲」という概念は完全に消失する。音楽の細分化が進み、コミュニティの分断が進んだため、音楽に関する「共通理解」が失われることとなる。つまり、道端ですれ違ったふたりが居たとして、そのどちらも知っている曲というものが無くなるのである。これは平成初期の音楽事情と大きく異る点と言える。

平成後期2015~2018

 この頃になると、インターネットやSNSは子供から老人まで使う普遍的なツールとなった。誰もがインターネットで自分の意見を発し、誰かの意見に否応なく触れる時代である。これまでオタクの巣窟であったニコニコ動画Youtube2ちゃんねるには一般人が新しいコンテンツを求めて流れ込み、旧来のエコシステムが崩壊し、これまで不可侵だった各コミュニティの壁が消え、カオスの時代が到来した。

 音楽の質も変わり始め、各ジャンルが独立して築き上げた音楽の体系を、他のジャンルが取り込むなどし始めた。いわば、平成後期から現在は多様化から「融合」の時代に進化したと言える。

 さて、平成の最後期に流行った音楽を紹介する。まず星野源の「恋」、RADWIMPSの「前前前世」、米津玄師の「Lemon」、Official髭男dismの「ノーダウト」、乃木坂46の「シンクロニシティ」や櫻坂46の「サイレントマジョリティー」などである。

 「恋」・「前前前世」・「Lemon」・「ノーダウト」このあたりは、ある意味バンド・ミュージックの再来でもあるが、質がかなり異なる。まずギターやベースはコードをジャキジャキ刻むものから、高音域の対旋律を優しく奏でるような演奏に変わり、代わりにピアノやシンセ、ストリングスなど、かつてはボーカロイド、アイドルの楽曲、ダンスミュージックなどで多用された楽器を全面に出し初めている。そして曲調もゴリゴリのロックから、ポップスよりになり、音程の上げ下げが激しいキャッチーなメロディが増えた。

 その一方で、櫻坂46や乃木坂46などもアイドルグループの楽曲も、ギターやドラムの音を取り入れ、芯のあるサウンドを志向するようになった。メロディもキャッチー一辺倒ではなく、早口でまくしたてるなどの、ボーカロイド的な要素も入り始めた。

 そして、ボーカロイドは衰退期を迎えている。ボーカロイドの側からヒットが生まれることは少なくなり、こちらは逆に元のコミュニティに構造に戻り始めたように見える。しかし、ボーカロイドの側がバンドミュージックに歩み寄る事例もこの時代に視ることができた。例えば、Wowakaが「ヒトリエ」としてデビューしたり、40mpも「イナメトオル」という名前で自分の声で歌うようになった。有名な話だが、米津玄師もかつては「ハチ」名義でボーカロイドを作曲している。これも「融合」の時代を象徴する出来事のように思える。

そしてあいみょん

 このように、現代音楽は「全員で共通」→「分断」→「多様化」→「融合」という流れを踏んでいる。この流れの中で、あいみょんはどう位置づけることができるだろうか。その答えがまさに「平成の総括」たる彼女の曲たちなのである。例えば、マリーゴールドという曲

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 この曲の芯はギターロックだろう。イントロやソロ、アウトロの印象的なメロディは歪んだ音色のギターで奏でられている。それだけでなく、要所要所に気の利いたギターフレーズが入り、この曲の主体が何たるかを印象づける。バックには(よく聞かないとわからないが)アコースティックギターが、エレキギターアルペジオと共にコード感を出している。また、上の方ではピアノが対旋律を薄く鳴らしている。決してでしゃばる訳ではないが、薄いシンセとともに全体を包み込み、爽やかな曲でありながら、どこかノスタルジーで、反対に最先端にも感じさせる不思議な雰囲気を作っている。

 つまり、これまでに述べてきたあらゆるジャンルの知見が織り交ぜられていて、一つの「完璧な融合の形」を形成している。音楽にとって、平成は分離と融合が一つのサイクルとして回った。これからの時代は、音楽に関して、何かしら一つのコンセンサスができていくのではないだろうか。

ポストあいみょんの音楽

 それぞれのジャンルは、もはや他のジャンルの存在と不可分な存在である。他のジャンルの知見を取り入れ続け、新しい音楽を開拓しなければ、現在のボーカロイドのように勢いを失ってしまう。

 音楽におけるコンセンサスが失われ、各分野が融合する流れの中で、あいみょんは象徴的なアーティストと言えるだろう。実際に、あいみょんに続く今日の邦楽は、Official髭男dismやking gnuなど、独特でありながら、他分野を融合させた新たなフロンティアを開拓し続けている。

 TikTokからヒットが生まれるように、これまでの常識を覆すような形で音楽は進化している。ポストあいみょんには、一体どのような「融合」の形をみることができるだろうか。

 

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